ちょっと怖いゲームのはなし  

ここしばらく ともっちが新聞やネットを見ていて よく目にする記事がある。ゲームによるひきこもり、ニートの記事・・・ともっち自体がゲームファンで、30年も続けてきた趣味なのだから ゲームの面白さは理解するし、納得する。でも、彼らはなぜそこまでゲームに入れ込むのだろう?それがわからない・・・確かにゲームはおもしろい。でもそれはあくまで趣味としてのことだ。余暇の暇つぶし、日々の生活に疲れた自分への介護のひととき、気分転換・・・その程度の意味しかない。あくまで生活をした後のやすらぎに、自分へのご褒美に、ちょっとした気分転換に遊ぶだけだ。一日中やっていたら、そっちが日常生活になってしまう。ゲームは娯楽だ。日常生活には何の役にも立たない。ゲームばかりやっていると、そちらが日常になり 本当の日常生活が破綻していく。それは趣味と現実の逆転現象だ。それは自分を幸せにはできない。ゲームに、ゲームの世界に逃げ込んでいるだけ?だと思う。趣味を趣味として楽しんで行けば、つらい時 苦しいときに自分を支えることができる。実際、ともっちもそうだった。両親の介護をしていた時、ボケて何も分からなくなってしまった両親は家のあちこちに大便を排泄した・・・手袋をつけて拾って捨てるのが子供の役目だった。家事も、両親への付き添いも、すべて自分がやらなければならなかった。つらかった、苦しかった・・・でも、両親がデイサービスに行ってる間だけ 買い物や用足しができた。誰も助けてはくれなかった。こんなともっちを支えてくれたのが、妻とゲームだった。その一時だけ、つらい現実を離れられた。ゲームがなければ 恐らく自分はつぶれていたかもしれない。そこまで追い込まれた。そうやって自分を支えてくれたゲームが、どこかの誰かを破綻させ破滅に向かわせる。こんな悲しいことはない。ゲームは娯楽だ。使い方によっては薬になる。しかし 使用量を間違えれば毒になる。すべては向き合い方、使い方、自己節制なのだ。そんな当たり前のことも忘れてしまう人がいる。ともっちはゲームを毒にしたくない。そう思っている。ゲームをプレイする人に幸せな時間が続くことを願っている。